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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)3551号 判決

昭和三六年(ワ)第七、五三七号事件

原告

日向大八

昭和三八年(ワ)第三、五五一号事件

原告

日本自動車用品株式会社

右両名訴訟代理人

刀称太治郎

網野久治

被告

株式会社荏原製作所

右訴訟代理人

五十嵐太仲

五十嵐公靖

昭和三八年(ワ)第三、五三一号事件

被告

荏原精一

右訴訟代理人

五十嵐太仲

五十嵐公靖

土屋博昭

主文

一  被告らは、各自、原告日本自動車用品株式会社に対し、金六十二万八千九百六十五円五十一銭およびこれに対する昭和三十八年五月十八日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求は、棄却する。

三  訴訟費用中、原告日向大八と被告株式会社荏原製作所との間に生じた分は、原告日向大八の負担とし、原告日本自動車用品株式会社と被告らとの間に生じた分は、これを五分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告日本自動車用品株式会社の負担とする。

四  この判決は、原告日本自動車株式会社の勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら訴訟代理人は、「一 被告株式会社荏原製作所は、原告日向大八に対し、金三百六十万円およびこれに対する昭和三十六年十月五日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。二 被告らは、各自、原告日本自動車用品株式会社に対し、金三百六十万円およびこれに対する昭和三十八年五月十八日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。三 訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二  被告ら訴訟代理人は、「一 原告らの請求は、いずれも棄却する。二 訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

(請求の原因等)

原告ら訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  原告日向の実用新案権

原告日向大八(以下「原告日向」という。)は、昭和三十一年十二月二十日、設定の登録により、次の実用新案権を取得した。

登録番号 第四五五、二二六号

考案の名称 チユーブ焼付修理器

出  願 昭和二十九年五月三十一日

出願公告 昭和三十一年九月五日

登  録 昭和三十一年十二月二十日

二  登録請求の範囲の記載

本件実用新案登録出願の願書に添付した説明書の登録請求の範囲の記載は、別紙(一)の該当欄記載のとおりである。

三  本件登録実用新案の特徴

(一) 構造上の特徴

従来のチユーブ焼付修理器(ホツトパツチ)の燃焼体は、塩素酸加里および硝石を浸透させたボール紙の表面に数条の隆起条を圧出して設けるとともに、該部に無数の透孔を穿設し、その下面に、これと同様、無数の透孔を有するボール紙を貼着して構成されていたが、本件登録実用新案における燃焼体は、塩素酸加里および硝石を浸透させたボール紙に多数の切込を列設したものを二枚以上重ね、各切込によつて形成される切抜片を順々に嵌合し、上面に圧出して構成されている。

(二) 作用効果上の特徴

従来のホツトパツチにおいては、燃焼体を構成するボール紙が貼着されていたため、糊料により燃焼が妨げられ、通気も悪かつたが、本件登録実用新案は、燃焼体を前記の構造とすることにより、上記欠点を除去し、短時間に充分の燃焼加熱を行ないうることをその特徴とする。

四  被告らの製品

被告らの製造販売にかかる製品は、別紙(二)図面および説明書記載のとおりである。

五  被告らの製品と本件登録実用新案との対比

被告らの製品は、(1)塩素酸加里および硝石を浸透させた二枚以上のボール紙を重合して燃焼体を構成していること、(2)ボール紙には多数の切込を列設したこと、(3)切込によつて形成される切抜片を順々に嵌合して上面に圧出したこと、(4)燃焼体を金属製の皿に密嵌し、その下面には修理用の貼着ゴムを貼付し、さらに、その表面に布片を貼付したことにおいて、構造上本件登録実用新案と全く同一でありまた、糊料を用いることなく切抜片を嵌合させてボール紙を一体に接着することにより、通気を良好に、短時間に充分の燃焼加熱を行ないうるという作用効果においても同一であるから、被告らの製品は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する。

なお、被告荏原精一(以下「被告荏原」という。)が登録第四〇〇、〇四六号実用新案権を有することは認めるが被告らの製品が右登録実用新案の技術的範囲に属することは否認する。仮に被告らの製品が右登録実用新案の技術的範囲に属するとしても、それだからといつて、被告らの製品が原告日向の本件登録実用新案の技術的範囲に属しないということにはならない。

六  裁判上の和解等

昭和三十年四月八日、東京地方裁判所において、原告日本自動車用品株式会社(以下「原告会社」という。)と被告荏原との間に、次のような条項を含む裁判上の和解が成立した。すなわち、

(一) 当事者双方は、相互に、相手方が現に製造販売、拡布するチユーブ焼付修理器を製造、販売、拡布しないことを確約し、相互に相手方の営業を妨害しないこと。

(二) 原告会社が現に製造、販売、拡布しているチユーブ焼付修理器は、別紙(三)図面記載のとおりとすること。

しかして、前記被告らの製品は、別紙(三)図面記載ホツトパツチと同一である。

七  被告らの行為

(一) 被告株式会社荏原製作所(以下「被告会社」という。)の代表取締役である被告荏原は、本件実用新案権を侵害することを知り、又は、これを知ることができたにかかわらず、過失によりこれを知らないで、昭和三十三年九月一日から昭和三十四年三月六日までの間に、被告会社の従業員を使用して、同会社の営業として、前記被告らのチユーブ焼付修理器を製造販売した。

しかして、右被告らの修理器が別紙(三)図面記載のホツトパツチと同一であり、本件登録実用新案の技術的範囲に属すること既述のとおりである以上、被告荏原の右行為は、被告荏原が前記六記載の裁判上の和解に基づき原告会社に対して負担した債務の不履行にあたるとともに原告日向の本件実用新案権を侵害するものである。

したがつて、被告荏原は、右債務不履行により原告会社に加えた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告荏原の本件実用新案権侵害行為は、被告会社の代表取締役としての職務を行うについてされたものであるから、被告会社は、被告荏原の右行為により原告日向に加えた損害を賠償すべき義務がある。

また、被告会社は、原告会社の債権を侵害することを知りながら、被告荏原の原告会社に対する前記債務の不履行に加担して、違法に、原告会社の債権を侵害したから、これにより原告会社に加えた損害を賠償すべき義務がある。

八  原告らの蒙つた損害

(一) 被告荏原は、昭和三十三年九月一日から昭和三十四年三月六日までの間に、被告会社の営業として、前記被告らの製品を少くとも百八十万個製造販売した。

(二) 原告日向は、株式会社日本自動車用品製作所および原告会社に対し本件登録実用新案の実施を許諾し、前者は本件登録実用新案の技術的範囲に属するホツトパツチを製造し、後者はこれを販売していたところ、当時ホツトパツチを製造販売していたのは原、被告らだけであり、かつ、この種のホツトパツチは、従来の物に比し、性能がすぐれているから、原告会社の本件ホツトパツチの売上数量は、被告会社の右製造販売行為により、それと同数の百八十万個だけ減少した。

しかして、当時におけるこの種のホツトパツチの販売単価は金七円五十銭であり、一個当りの利益はその三分の一にあたる金二円五十銭であつたから、原告会社の右売上減少による損害は、少くとも金三百六十万円である。

(三) 原告会社の代表取締役は、原告日向であり、その株主は原告日向およびその妻子のみであり、原告会社は実質上原告日向の個人会社であるから、その損益は、そのまま原告日向の損益とみるべきである。

したがつて、原告日向は、被告会社の前記製造販売行為により、金三百六十万円の損害を蒙つたことになる。

(四) 仮に、右主張が理由がないとしても、原告日向は、原告会社の株式総数六百株のうちその九十五パーセントにあたる五百七十株を所有していたから、被告会社の前記製造販売行為により、原告会社が金三百六十万円の損害をうけた結果、原告日向はその九十五パーセントにあたる金三百四十二万円の損害を蒙つたことになる。

(五) 仮に、右主張が理由がないとしても、原告日向が原告会社から受けるべき配当金が金二百十四万四千百五十円減少し、原告日向はこれと同額の損害を蒙つた。すなわち、原告会社の得べかりし利益金三百六十万円から、利益準備金七万五千円(資本金三十万円の四分の一)および法人税額引当金百二十六万八千円(金二百万円に百分の三十三を乗じて得られる金額と金百六十万円に百分の三十八を乗じて得られる金額との和)の合計額を控除して得られる金二百二十五万七千円が総株主に配当されるべき金額であるから、株式総数の九十五パーセントにあたる株式を有する原告日向の受けるべき配当額は金二百十四万四千百五十円である。

(六) 仮に、右主張が理由がないとしても、原告日向は、故意又は過失により、自己の本件実用新案権を侵害した被告会社に対し、本件登録実用新案の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求しうるところ、右通常実施料の額は、製品一個あたり、その販売価格金七円五十銭の一割にあたる七十五銭が相当であるから、被告会社の前記侵害行為により原告日向が蒙つた損害の額は金百三十五万円である。

九  よつて、原告日向は、被告会社に対し、本件実用新案権侵害に基づく損害金三百六十万円およびこれに対する不法行為の後である昭和三十六年十月五日から支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告会社は、被告ら両名に対し、債務不履行および債権侵害に基づく損害金三百六十万円およびこれに対する本件訴状が被告荏原に送達された日の翌日であり、債権侵害行為の後である昭和三十八年五月十八日から支払いずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(答弁)

被告ら訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因等一および二の事実は、認める。

二  同三の事実は否認する。

三  同四の事実は、認める。

四  同五の事実は、否認する。

なお、被告荏原は、本件実用新案の登録出願前に登録された登録第四〇〇、〇四六号実用新案権の権利者であり、被告会社は右実用新案権について実施権を有するところ、被告らの製品は、右登録実用新案の実施品であり、その技術的範囲に属するものであるから、原告日向の本件登録実用新案の技術的範囲に属しないことは、明らかである。

五  同六の事実のうち、原告ら主張の日、東京地方裁判所において、原告会社と被告荏原との間に、原告ら主張のような内容の裁判上の和解が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。

六  同七の事実について

(一) 同(一)の事実のうち、被告荏原が、原告ら主張の期間において、被告会社の代表取締役であつたこと、および被告会社の従業員を使用して、同会社の営業として、被告らの製品を製造販売したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告らが本件ホツトパツチを製造販売したのは昭和三十四年一月九日から同年二月三日までの期間に過ぎない。

(二) 同(二)の事実は、否認する。

七  同八の事実について

(一) 同(一)の事実は、否認する。被告らが製造販売した本件ホツトパツチの数量は、五百七十六鑵であり、その代金の合計は金十八万九千六百円に過ぎない。

(二) 同(二)の事実のうち、原告日向が原告会社らに本件登録実用新案の実施を許諾し、原告会社らがその実施をしていたこと、および当時における本件ホツトパツチの販売価格および利益が原告ら主張のとおりであることは知らないが、その余の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実のうち、原告日向が原告会社の代表取締役であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(四) 同(四) (五)および(六)の事実は、否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一  実用新案権の侵害

(争いのない事実)

一  原告日向がその主張する実用新案権を取得したこと、本件実用新案登録出願の願書に添付した説明書の登録請求の範囲の記載が別紙(一)の該当欄記載のとおりであること、および被告らの製造販売にかかる製品が別紙(二)図面および説明書記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(被告らの製品が本件登録実用新案の技術的範囲に属するかどうか)

二 当事者間に争いのない前記登録請求の範囲の記載および被告らの製品の構造、いずれもその成立に争いのない甲第一号証および第七号証の二に、鑑定人佐々木清隆および同筒威博の各鑑定の結果を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。すなわち、

(一)  (要部) 本件登録実用新案は、チユーブ焼付修理器に関するものであり

(イ) 塩素酸加里および硝石を浸透されたボール紙に多数の切込みを列設したものを二枚以上重ね各切込によつて形成される切抜片を順々に嵌合し、上面に圧出し燃焼体を構成すること、

(ロ) 右燃焼体を金属製の皿に密嵌し、かつ、皿の下面に修理用の貼付し、さらに、その表面に布片を貼付することをその要部としているものであること。

(二)  (作用効果) 本件登録実用新案は、糊料でボール紙を貼着して燃焼体を構成し

(イ) 前記要部(イ)の構造により、従来の糊料による燃焼妨害もなく通気性もよくなる結果、短時間に充分の燃焼加熱を行なうことができること、

(ロ) 前記要部(ロ)の構造により貼着ゴムの上面に布片が貼付してあるため、運搬中に貼着ゴムが毀損するのを防止できること、

の各作用効果をあげうること。

(三)  (被告らの製品の構造) 被告らの製品は、チユーブ焼付修理器であり、その構造は、

(イ) 塩素酸加里および硝石を浸透させた数枚のボール紙を重合し、下面側から上面側に向け楔状の錐で突き切つて、切起片を形成すると同時に、これを上面に圧出して燃焼体を構成すること、

(ロ) 右燃焼体を金属製方形の浅い皿に嵌入し、かつ、皿の下面にパツチゴムを接着し、さらに、その表面に布を被着すること、

にあること。

(四)  (被告らの製品の作用効果) 被告らの製品は、右構造により、本件登録実用新案の有する前記(二)の作用効果と全く同一の作用効果をあげうること。

(両者の対比)

以上認定した事実に基づき、両者を対比すれば、本件登録実用新案では、予め切込を列設したボール紙を数枚重ね、切抜片を順々に上面に嵌合して燃焼体を構成するに対し、被告らの製品では、数枚のボール紙を重合したのち、下面側から上面側に向け楔状の錐で突き切つて、切起片を形成すると同時に、これを上面に圧出するという点で、両者は数枚のボール紙を重合して一体の燃焼体に結合する手段ないし工程を異にするが、完成した燃焼体の構造としては、両者間に差異はなく、構造上のその余の点および作用効果も両者全く同一である。したがつて、被告らの製品は、前記のような製造手段ないし工程の差異にかかわらず(このような製造手段、工程における差異が、チユーブ修理器の構造にかかる本件登録実用新案の技術的範囲の認定について、さしたる意味をもちえないことは、多くの説明を要しないところである。)本件登録実用新案の技術的範囲に属するものといわなければならない。

なお、被告会社は、被告らの製品が、被告荏原の有する登録第四〇〇、〇四六号実用新案の技術的範囲に属することを理由に、本件登録実用新案の技術的範囲に属しないことは明らかである旨主張するが、仮に被告らの製品が、その主張の右登録実用新案の技術的範囲に属するとしても、このことから、直ちに、被告らの製品が本件登録実用新案の技術的範囲に属しないものとはいいえないから、被告会社の右主張は理由がないといわざるをえない。

(被告らの侵害行為)

三 被告荏原が、昭和三十三年九月一日から昭和三十四年三月六日までの間、被告会社の代表取締役であつたこと、および、同被告が被告会社の従業員を使用して、同会社の営業として、前記被告らの製品を製造、販売したことは、当事者間に争いがない。

しかして、前掲甲第一号証及び成立に争いのない甲第三号証によれば、被告荏原は、昭和三十年四月八日当時、本件実用新案の内容及びそれが登録出願されていたことをすでに知つていたことが認められ(これに反する証拠はない。)、この事実に、被告らが、前認定のとおり、本件実用新案の出願公告の日(その日が昭和三十一年九月五日であることは、当事者間に争いがない。)の後において、被告らの製品を製造販売するに至つたものであること、および、前説示のとおり、被告らの製品が本件登録実用新案の技術的範囲に属することを合わせ考えると、特段の事情の認むべきもののない本件においては、被告荏原は、被告らの製品の製造販売行為が本件実用新案権を侵害することを知つていたか、少くとも、知らなかつたことにつき過失があつたものと推定するのる相当とするから、被告荏原は故意又は過失により、原告日向の本件実用新案権を侵害したものというべく、また、被告荏原の右侵害行為が被告会社の代表取締役としての職務の執行としてされたものであることは、前認定の事実に徴し明白であるから、被告会社は、被告荏原が右侵害行為により原告日告に考えた損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。

第二  債務不履行および債権侵害

(和解の成立と不履行)

一  昭和三十年四月八日、東京地方裁判所において、原告会社と被告ら主張のような条項を含む裁判上の和解が成立したことは、当事者間に争いがなく、(証拠―省略)を総合すれば、原告日向は、右裁判上の和解成立当時、すでに本件実用新案の登録出願をし、原告会社においてその実施をしていたこと、被告荏原は、当時から本件実用新案の存在を知つており、右裁判上の和解において、本件実用新案登録出願に対し異議の申立その他一切の妨害行為をしない旨約したこと、別紙(三)図面は本件実用新案登録出願の願書に添付した図面と全く同一であること、右裁判上の和解において、原告会社は被告荏原に対し同被告が現に製造、販売、拡布しているホツトバツチを製造販売拡布しないことを確約し、同被告が現に製造販売拡布しているホツトバツチの構造は、右和解調書添付の甲図記載のとおりであるとしたが、当時右構造のホツトバツチを製造、販売していたのは被告会社であり、被告荏原は被告会社の代表取締役ではあつたが、個人の事業としてはホツトバツチの製造販売をしていなかつたことが認められ、これに反する証拠はないから、被告荏原は、原告会社に対し、同被告個人の事業としては勿論、被告会社の代表取締役の職務の執行としても、別紙(三)図面および本件実用新案登録出願の願書に添付した説明書の登録請求の範囲の記載によつて示される構造のホツトパツチを製造販売又は拡布しない債務を負担したと解すべきである。

しかるところ、被告荏原が昭和三十三年九月一日から昭和三十四年三月六日までの間に、被告会社の代表取締役の職務の執行として別紙(二)図面および説明書記載のホツトパツチを製造販売したことは、前認定のとおりであり、被告らの右製品と別紙(三)図面および本件実用新案登録出願の願書に添付した説明書の登録請求の範囲の記載によつて示される構造のホツトパツチを対比するに、両者は、その製造工程において多少の差異は認められるが、その構造において全く同一であることは、前記第一の二の認定事実に徴し、明白であるから、被告荏原は前記裁判上の和解により原告会社に対して負担した不作為債務の本旨に従つた履行をしなかつたものというべく、したがつて、被告荏原は、前記ホツトパツチの製造販売行為により、原告会社に加えた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

(被告会社の賠償義務)

二 被告会社の別紙(二)図面および説明書記載のホツトパツチの製造販売行為が、被告荏原の被告会社の代表取締役としての職務の執行に基づくものであることは前説示のとおりであり、被告荏原の右行為が前記裁判上の和解により原告会社に対して負担した債務の不履行になることを同被告が知つていたことは、同被告が右和解の当事者であることに徴し、明らかであるから、被告会社は故意に被告荏原の債務不履行に加担して違法に原告会社の被告荏原に対する債権を侵害したものというべきである。

したがつて、被告会社もまた、前記ホツトパツチの製造販売行為により原告会社が蒙つた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

第三  原告らの蒙つた損害

一  原告会社の損害について

(証拠―省略)を総合すると、被告会社は、昭和三十三年十一月ごろ、別紙(二)図面および説明書記載のホツトパツチの製造販売を開始し、少くとも昭和三十四年三月六日までそれを継続したこと、しかして、原告会社が本件実用新案権に基づき右物件の製造販売禁止の仮処分を申請した昭和三十四年二月十六日の二、三日後までは、その金属製皿の形状は種々であつたが、その構造は、いずれも別紙(二)図面および説明書記載のとおりホツトパツチのみを製造販売したが、その後は、別の構造のホツトパツチ(検甲第三号証の物件)をも製造販売したため、右物件の製造販売数量は明確でないこと、被告会社の昭和三十三、四年当時におけるホツトパツチの月間売上高は多いときには金百七、八十万円、少ないときには金百五十万円程度であつたこと、したがつて、被告会社は昭和三十三年十二月一日から翌年二月十八日までの間に、右のような構造のホツトパツチを少くとも金三百九十三万千三十四円四十八銭(最少月間売上高金百五十万円に二と二十九分の十八との和を乗じて得られる額)販売したことを認定しうべく(中略)他に右認定を左右するに足る証拠はない。

次に、(証拠―省略)によれば、当時ホツトパツチを製造販売していたのは、原、被告会社のみであつたこと、原告会社は、本件登録実用新案の実施品を販売していたが、昭和三十三年には増産計画をたて、作業場を拡張し、下請業者を増したこと、および原告会社の右実施品の販売価格は被告会社の前記製品のそれとほぼ同額であつたことが認められるところ、これらの事実に、本件登録実用新案の実施品は、前認定のとおり、従来のホツトパツチに比し性能がすぐれていることを合わせ考えれば、もし被告会社の前記製造販売がなかつたとすれば、原告会社は、被告会社が製造販売したのと同額の前記実施品を販売しえたものと認めるのが相当であり、これを覆すに足る証拠はない。

しかるところ、(証拠―省略)によれば、当時におけるホツトパツチの製造販売による利益は、通常、売上高の十六、七パーセントであつたことが認められ、これに反する証拠はないから、原告会社は、被告会社の前記製造販売行為により、少くとも、金三百九十三万千三十四円四十八銭に十六パーセントを乗じて得られる金六十二万八千九百六十五円五十一銭の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙つたものというべきである。

二  原告日向の損害について。

(一)  原告日向は、原告会社の代表取締役は原告日向であり、その株主は同人およびその妻子のみであり、原告会社は、実質上原告日向の個人会社であるから、その損益は、そのまま原告日向の損益とみるべきである旨主張し、原告会社の代表取締役が原告日向であることは、当事者間に争いがなく、その株主が原告日向およびその妻子のみであることは、(証拠―省略)により、これを認めることができるが、原告会社と原告日向とは法律上別個の人格者である以上、前記のような事実が存在するからといつて、直ちに、前者の損益を、そのまま後者の損益とみることはできないことはいうまでもないから、原告日向の前記主張は理由がない。

(二)  原告日向は、原告会社の株式総数の九十五パーセントの株式を有するから、被告会社の前記製造販売行為により、原告会社が蒙つた損害額の九十五パーセントの額の損害を蒙つた旨主張し、原告日向が原告会社の株式総数の九十五パーセントの株式を有することは、前掲甲第六号証により認められ、原告会社が被告会社の前記製造販売行為により金六十二万八千九百六十五円五十一銭の損害を蒙つたことは前認定のとおりであるが、他方原告会社が被告会社の右製造販売行為を原因として同額の損害賠償請求権を取得したこと前記説示のとおりである以上、右請求権が実質上無価値である等特段の事情がないかぎり、被告会社の右製造販売行為により原告会社の資産は減少しなかつたというべきところ、右特段の事情を認めるに足る証拠はないから原告日向が被告会社の前記行為により金六十二万八千九百六十五円五十一銭の九十五パーセントにあたる額の損害を蒙つたということはできない。したがつて、原告日向の右主張も理由がない。

(三)  原告日向は、同人が原告会社から受くべかりし配当が、被告会社の前記行為により原告会社が喪失した得べかりし利益の額から利益準備金および法人税額引当金を控除した額の九十五パーセントに相当する額だけ減少したから、それと同額の損害を蒙つた旨主張するが、株式会社がある事業年度中に得た利益金のうちどの程度の額を株主に配当するかは、株主総会において自由に決定すべきものであるところ、被告会社が前記製造販売をしなかつた場合、原告会社が原告日向の主張の額だけ配当金を増額したのであろうと認めるに足る証拠は全くないから、原告日向の右主張も理由がない。

(四)  原告日向は、さらに、本件登録実用新案の実施に対し通常受けるべき実施料の額の同額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求しうるところ、右実施料の額は、製品の販売価格の一割が相当である旨主張するが、本件登録実用新案の実施に対し通常受けるべき実施料の額が製品の販売価格の一割であると認めるに足る証拠は全くないから、原告日向の右主張も、その余の点につき判断するまでもなく、採用しえない。

第四  むすび

以上説示のとおりであるから、原告日向の被告会社に対する請求は、結局、損害の立証がないことに帰し、すべてその理由がないものというほかはなく、原告会社の被告らに対する請求は、債務不履行および債権侵害による損害金六十二万八千九百六十五円五十一銭およびこれに対する本件訴状が被告荏原に送達された日の翌日であり、債権侵害の後であることを記録上明らかな昭和三十八年五月十八日から支払いずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるものといわなければならない。

よつて、原告らの本訴請求は、右理由のある限度でこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文および第九十三条第一項ただし書を仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり、判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 裁判官武居二郎 佐久間重吉)

特許庁実用新案公報実用新案出願公告昭三一−一四四九〇

(公告昭三一・九・五 出願昭二九・五・三一実願昭二九―一七七九〇)

チユーブ焼付修理器

図面の略解

第一図は本案の斜面図、第二図は縦断面図、第三図は燃焼体の素材を示す平面図、第四図は使用状態を示す側面図であ

る。

実用新案の性質、作用及効果の要領(省略)

別紙(二) 図面の説明書

第一図は、株式会社住原製作所が製造したチユーブ焼付修理器の斜面図にして第二図は(A)―(A)線に沿う断面図である。

図面に於て(1)は金属製方形の浅い皿、(2)は塩素酸加里及び硝石を浸透させた数枚のボール紙を重合した燃焼体(3)は該燃焼体に下面側から楔状の錐で上面側に向かつて突き切つた切起片にして最上層の切起片によつて隆起突子(4)が形成され切起片の形成により通気孔(5)が形成されている、(6)は皿(1)の下面に接着されるバツチゴム、(7)は該バツチゴムの表面に被着した布である。

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